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2009年09月10日

柘榴坂(港区高輪3丁目・4丁目の間)

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品川駅前にある柘榴坂(ざくろ)
品川駅前から高輪3丁目と高輪4丁目を西に向けて
直線に伸びる坂道です。

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坂の周辺はホテルパシフィック東京やグランドプリンスホテル新高輪、
国民生活センターや税務署などがあります。

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名門ホテルに囲まれた坂ですが、
何故柘榴坂なのかはっきりとした理由は分かっていない。
ただざくろの木があったための説が有力らしい。

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江戸時代はカギ状に曲がっていたが、
明治時代に直線の坂道に整備され、別名新坂と副名称もある。



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posted by Na’See at 21:29| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 港区の風景 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

笑点に出てくる若竹

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東陽町から四つ目通りを錦糸町方面へ行き
江東区役所前に円楽党と書かれた看板のビルがあります。
円楽党といえば落語家三遊亭圓楽師匠が率いる園楽一門のこと。
かつて笑点の司会をしていた圓楽師匠や大喜利メンバーで
腹黒と呼ばれている三遊亭楽太郎師匠や
三遊亭好楽師匠など一門に所属しています。

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円楽党と掲げられているビルは若竹ビルで、
かつて寄席若竹がありました。
圓楽師匠が資財を投じてでも
園楽一門の若手の活躍の場を設けようと作られた寄席で、
1985(昭和60)年にオープンしました。
若竹のある東陽町は新宿や上野、池袋、浅草と比べて、
繁華街でもなく東西線の東陽町駅からも離れていて立地も恵まれず、
若手たちが余興に専念し、若竹での寄席を利用せず、
集客力も乏しいなどの理由からわずか4年で閉館しました。

若竹閉鎖後、
笑点で何度か圓楽の借金ネタや若竹を潰した
ネタで若竹の事が出てくる。

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寄席若竹の閉館後は中華料理店や音楽教室になっている
若竹の看板は今も残っていて
ここに寄席があったことを偲ばせる。

余談なのですが、
寄席若竹の近くにある都立深川高校は三遊亭楽太郎師匠の出身校です。



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posted by Na’See at 00:12| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 江東・墨田区の風景 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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