
被爆都市・広島で原子爆弾による惨禍さを
後世に伝える原爆ドーム。
平和の願いの象徴として世界的に有名な施設です。

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原爆ドームの元々の建物は
「広島県物産陳列館」として建てられ、
その後「広島県商品陳列所」、
「広島県産業奨励館」に改称しながら
展示会場として使われていました。
中でも日本で始めてバウムクーヘンを
製造販売した地でもありました。

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華やかな産業奨励館ですが、運命を変える出来事が起きる。
1945年8月6日午前8時15分、原子爆弾が投下。
爆心地から160メートルの位置で産業奨励館は被害を受けたが、
かろうじて全倒壊は免れた。
上のドーム形の骨組みからいつしか
「原爆ドーム」と呼ばれるようになりました。

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原爆ドームは原子爆弾の惨禍さを示すシンボルとして残っていたが、
「これを見ると被爆を思い出すから、
取り壊してほしい」という意見があり
保存するか取り壊すか議論が続きました。
当の広島市は経済的な負担が掛かるなどの理由から
保存には消極的でした。

しかし、被爆が原因で白血病で亡くなった女子高生の日記に
「痛々しい産業奨励館を後世に被爆のことを訴えて欲しい」の
書き込みに平和活動家が感動して
原爆ドーム保存運動が始まり、
1966(昭和41)年広島市議会が永久保存することを議決し、
修復しながら後世へ伝えるために残っています。
1996(平成8)年に世界遺産に登録され、
被爆の悲惨さと平和へのメッセージを発信し続けています。

教科書や写真しか見たことがなく、
初めて現地を訪れて観ました。
残骸が物語るように被爆の怖さと悲惨さをしっかりと
受け止めなければいけませんね。
60年以上の前になると過去の事として片づけてしまいますが、
核を持たず絶対に戦争をしてはならない
平和の世界はいつになるのでしょう?
独裁者やテロリストがいる以上難しいのかもしれない。
いや、させてはいけないのです。
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