
昨日は珍しくSeesaaのサーバー障害で、
まったくブログが見れずやっと更新ができました。
お陰でアクセス数が166で最小アクセス数更新ですね。
さて毎日新聞でこんな記事がありました。
「お葬式:カメラ付き携帯で最期の顔パチリ 困惑派・理解派」
お葬式の際、亡くなった人の顔をカメラ付き携帯電話などで
撮影する人が増えている。
葬儀関係者には「人の死を悼む気持ちが荒廃している」と感じる人がいる一方で、
「時代とともに葬儀も変わる」と受け入れる人もいる。
あなたは、最期の顔を撮影されたいですか?
昨年7月、横浜市内の斎場。出棺前に花を詰め始めると、
親族や友人5〜6人がカメラ付き携帯で故人の姿を撮り始めた。
同市の葬儀デザイナー、出口明子さんにとっては初めて見る光景だった。
故人と生前から付き合い
「本人の意思を尊重した葬儀」をサポートしただけに
「注意すべきか」と迷ったが、
親族が何も言わなかったので黙っていた。
翌月、私的に出席した葬儀でも同じ場面を見た。
全国の葬儀社でつくる
全国葬送支援協議会(総本部・東京都千代田区)の
斎藤浩司理事長(34)は「月に1度は見ます」と話す。
「中学生や高校生は『撮っていいの?』という雰囲気だが、
30〜40代の人は当然のように撮影する」と話す。
香川県三木町の三木・長尾葬斎組合「しずかの里」
職員、長尾鉄夫さん(55)も
「20〜30代の若い人が『記録に残す』という感じで撮る」と話す。
出口さんは「人を悼む気持ちが荒廃しているのでは、と気になる。
亡くなった方は死に顔なんて絶対に撮られたくないはず。
撮影の可否まで遺言を取ることも検討しなければ」と困惑。
斎藤さんも「カメラが身近になり気軽に撮るのだろうが、
心の写真を撮っておく(脳裏に焼き付ける)のが一番」と話す。
一方、長尾さんは「葬儀に対する考え方も時代とともに変化してきた。
臓器移植が一般化し、遺体が神聖不可侵なものとの考えが薄くなったのでは」と
理解を示す。
メディア社会論に詳しい評論家・武田徹さんは
「対象を撮影し、他者とともに
確認しなければ“リアリティー”が感じられなくなっている。
葬儀も焼香だけでは満足できず、
故人との確かなつながりを持ちたいとの思いから撮影するのだろう」と分析。
カメラ付き携帯などの普及で何でも撮影する風潮に加え、
現代人の感覚や死生観の変容という社会背景を要因に挙げている。
死顔を携帯のカメラで撮る人がいるんですね。
このニュースには驚きました。
しばらく葬式に出た事がないので、時代の流れなんでしょうかね。
死顔を撮ってどうするんでしょうかね?
ナナシは疑問に思うのですが。。。。。
ナナシはいまだに死顔を見たくないですね。
身内でさえも、あまり見たいと思わないです。
ましてはそれを撮るのですから、
生々しく残るわけですから見たくは無いでしょう。
お葬式のスナップ写真とかよくありますが、
死顔を残すのはいかがと思うのですがね。
自分の死んだ顔を撮られるのはあまりよくは思わないですね。
痩せ細った血色の悪い顔とかで撮られるのってね。
皆さんはどう思いますか?







お葬式の写真には、反対です。
デジタル、携帯で写真が手軽になったのでしょうが、場所は考えていきたいと思います。
とても印象深かった死に顔は祖母でした。
とってもやすらかだったけど、自分の手に届かない遠くに行ってしまったという感じがして、言い方が悪いけど、お人形さんみたいにすら見えてしまって。
その顔がずーーーっと脳裏に焼きついてました(今久々思い出したんですけど)。
それを写真に残すなんてぜったい考えられないですね。
あの遺体の不思議なほどの冷たさ、もう話をすることもできないということに対する心苦しさ、そういうことを考えると写真に撮って残すというのは私にとっては気色悪いだけですね。
私の死に顔を携帯で撮る人がいたら化けて出てやります。
コメント&TBありがとうございます。
祭壇の前とか写真とかありますが、
葬式で写真を撮る事そのものが反対なんですね。
それも後で見るのも悲しみが込み上げて
きますからね。
>hirokoさん
いくらいい顔してても撮影して後で
見るのもいやですよね。
理解に苦しみますね。
>d_deridexさん
コメントありがとうございます。
元気な時に撮りたいですよね。
死に顔を撮った写真なんて
後で見たくないですよね。
他の方のTBを読んでも
とても理解できないと言う意見ばかりで
少しほっとしました。
一部の人の行為が
さぞ多くの人がやっているように
思われてしまうのは心外ですよね。
この毎日新聞の記事が夕刊の見出しなだけあって
かなりインパクトあったと思います。
どうもおかしな世の中になってきていますね…。
私は、お葬式に出向いても、余程でなきゃ故人の最期の顔を見たくありません…いや、見れません。
それを写真に撮るだなんて…亡くなった方への冒涜でしょ?
生きている人にだって、勝手の写真を撮る事は肖像権だとか何とかでウルサイ世の中なのに、どうして死んだ方の顔を撮れるのだろうか?
ご遺族のことをも考えると…無神経と言うか、ホンマに哀れです。
TB恐れ入ります。
このニュースについて、ナナシさまと同様の意見です。
今月葬儀に出たばかりでいろいろ思い出してしまいます。
親戚ですと、顔を見ないわけにはいかないので
ツライですね。それ以上携わらなければいけない儀式もありますし。
自分のところにも書きましたとおり、
葬儀は「しめやか」であってほしいものです。
わたしはこんな感じでした。よかったら読んでください。
実際、そのような現場(火葬での出来事ですが、焼かれたばかりの遺骨の撮影は死に顔撮影よりひどいことだと思います)に立ち合わせた遺族の私は怒りで震えました。一年近く経ちますが粛々とした場に何度も何度も流れる携帯カメラのシャッターメロディーとフラッシュの光、未だに忘れられません。
その人の携帯を取り上げて叩き付けたい、ぶん殴りたい気持ちになりました。
実際自分の身内の葬式で同じことをされたら、みなさんも同じように感じると思います。
今回の記事によって、自分の行為が遺族も故人も大きく傷つけるものだと理解する人が是非増えて欲しいと思っています。
また、せめて公共の場での通夜、葬式、火葬の場では携帯禁止の措置をとっていただきたいと強く願っています。
祖父が亡くなった時には、それまでなかなか揃わなかった祖父の兄弟が5人集まって納棺される前の祖父を囲んで集合写真を撮ってた。 それはそれで孫として微笑ましく感じた。
俺は、死人と言っても生前に世話になった人の顔は必ず見てお別れしたいと思うし、写真に残す是非も遺族次第であって第三者が問う事じゃないと思うけど?
こちらのコメントを読む限りでは、やっぱり反対派が多いようですね。
>親方様へ
第三者が問うことじゃないという意見ももっともですが…
その「微笑ましい」光景の影で、その撮影行為を許容できない(「なかなか揃わなかった」等の事情をしらない)故人の友人等が一人でも居れば…その方はいくら「遺族次第」とはわかっていても、納得のいかない憤りを感じることでしょうね。
問う、問わないという問題ではなく、どういうつもりで撮影行為に及ぶのか、他の遺族や「第三者」に納得のいく説明をした上でそういう行為に及ぶことが、これからは必要になってくる…ということかもしれませんね。
飛躍かもしれませんが、「自分(たち)さえよければそれでいい」という風潮が見え隠れしているようなニュースでした。
中には「遺体を棺に入れずに抱えて火葬場に来るなんて」と思う人も居るかも知れないが、お母さんはそうしたかったのだろう。 誰も文句は言えないよ。
故勝新太郎は実母が亡くなって火葬された時にその場で骨を一欠けら食べたというエピソードがあるが、これを故人への愛と見れるか見れないかはその人の感性次第。
携帯カメラでという話なら俺も撮らないけどね、ただ撮って記録しておきたいという人が居ても変ではないと思う。
コメントが遅くなりましてスイマセン。
トラバどうもありがとうございますー
うちは撮られたくないですね・・・
死んだときの顔はきっと醜いだろうし・・・
自分が生きているうちに一緒に撮った写真を
財布の中に入れてもらいたいですー
(謎過ぎてごめんなさい)
こちらからもTBさせていただきました。
携帯で写すという行為は、写す人は気づいていないのかもしれませんが、傍から見ると酷く軽薄に見えてしまう時があるので(何でも何処でも無許可で傍若無人に写しますもんね)それが問題なのかもしれません。
この件の写した人は故人の遺族達の許可を取ったのか?と疑問に思いました。遺族達の中で1人でもNOという人がいたら絶対に撮るべきではないと思います。(故人&遺族達への配慮があるというのが大前提です。無許可なんて論外!)
私は死顔を写されるなんて絶対イヤなので、遺言書にわざわざそんな阿呆な事を書かなきゃならんのか!?と、甚だ迷惑に思っている次第です。
こちらからもTBさせていただきました。
多くの人がこのニュースを読んで反対意見を述べていて、良かったなとちょっと安心しました。
やはりモラルとかマナーとか最低限のところは、崩さずに守って行かなきゃいかんだろうと思います。
どうなってるんでしょう?
コメントありがとうございます。
こういうケースは過去には
一部にあったと思います。
ただ表に出てこなかったのと、
携帯付きカメラが身近になったので
気軽に撮る行為が増えたことが表に出てきたと
自分は考えます。
了解を得てからならいいのですが、
断りもなくするのはマズイですね。
>花餅屋の太夫元さん
コメント&TBありがとうございます。
死人にくちなしだからといってやたらと
撮るもんじゃないですね。
やっぱ遺体は仏さんという
概念が薄れてきたからではないでしょうか
>orangepeelさん
コメントありがとうございます。
葬式はオメデタではないので、
しめやかに執り行う事が一番の供養ですからね。
葬式って遠くの片隅に記憶として残りますから、
最期の顔を撮る事は必要はないと思うのですがね。
世の中変わったでしょうかね。
コメントありがとうございます。
最期の顔の撮影には理解派なんですね。
あまり公にならなければそれもアリですが、
いい顔してるからといって撮影するのには
理解できないです。
>たまきちさん
コメントありがとうございます。
葬式の撮影とかはめずらしくないのですが、
マナーと節度を守らないといけないですね。
無断で撮るのはご遺族や故人を侮辱する
行為ですから、
了解を得てからでないといけないです。
ちなみの東京の火葬場炉前ホールは撮影禁止です。
>親方さん
お葬式の写真撮影はめずらしいことではない
ですからね。
了解を得てから撮るのだったら、
何ら問題はないと思います。
このニュースの
一番の問題はマナーと節度がないから
問題になってると思います。
コメントありがとうございます。
>飛躍かもしれませんが、「自分(たち)さえよければそれでいい」という風潮が見え隠れしているようなニュースでした。
まっとくその通りですね。
思いやりがかけていますよね。
出棺前に了解を得ずに撮るのは
さすがにまずいですよね。
一番は故人がそんなことを
どう思うかを考えるべきです。
>うっぽーさん
コメントありがとうございます。
あまり撮りたくないですよね。
元気な姿を記憶にとどめてとくのが一番ですね。
>romper-stomper-rcさん
コメント&TBありがとうございます。
遺族や故人に許可をとっているかどうかですよね。
無許可はまずいですよね。
いずれは遺書に撮影許可なんて書く
時代がくるのでしょうか。
>いるか!さん
コメント&TBありがとうございます。
モラルとマナーは守らないといけないですね。
それが故人に対する哀悼の意ですからね。