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2009年07月02日

向台小の近くにある坂(中野区弥生町1丁目)

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中野新橋駅から東へ進むと向台小学校の近くに坂があります。
某社宅の脇にある傾斜のある短い坂なのですが、
特に坂の名前はなく趣があるのでカメラに撮ってみました。

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その坂を登って、さらに近くに坂があり、こちらもパシリと撮影。
こちらも名前はありません。



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2009年06月26日

お笑い芸人が多く住む町 中野新橋

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一つの街に関係者が多く住むという場所は幾つかありますが、
お笑い芸人が多く住むといえば中野新橋。
中野新橋は地名にはなく丸ノ内線の駅名で、正式には中野区弥生町。

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中野新橋の由来は神田川に新橋という橋が架かっていて、
港区の新橋と区別するために中野新橋と駅名を付け、
弥生町よりも中野新橋が遥かに知られている。

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駅から少し離れると閑静な住宅街となっている。
中野新橋といえばもう一つ貴乃花部屋がある。
かつては名力士を輩出した二子山部屋でしたが、
最近はかつての隆盛はなくひっそりとしている。

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駅が小さいためかそれほど大きな街ではなく、
庶民的な商店がある下町といった感じです。



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2009年06月20日

中野駅北口散策視点

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特に説明はありませんが。。。。。
中野駅北口のサンモール以外の散策画像です。

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裏路地の商店街がなんともいいですね。

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2009年06月18日

ホールではなく集会所 中野の橋場公会堂

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丸ノ内線新中野駅から歩いて5分くらいに木造の建物があります。
田舎の集会所に見えますが、
橋場公会堂という集会所だそうだ。

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公会堂といえばホールを連想しますが、
ホールというより公民館のような
座敷に小さな舞台があり、
主に落語の寄席や演芸などの催しに使われるそうです。

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大きなホールにはない良さはありますが、
ただ建物が古そう。。。。。

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橋場公会堂の周辺は古い民家があり、
生活感が漂っていますね。



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2009年05月20日

中野界隈 レンガ坂通りと桃園通り

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JR中野駅南口から三菱UFJ信託銀行の脇にある
レンガ坂通りから花園通りを歩いてみる。
坂の名の通りレンガ敷きつめたゆるやかな坂で、
ちょっとした商店が並ぶ。

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レンガ坂を登り、桃園通りを南方向へ歩く。
表通りと違い静かな通りのようだ。ビルの中に中野不動がある。

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さらに南へ行くと何故かコインロッカーがある。
裏路地にコインロッカーがあるなんて。。。。。
いったい誰が使うのだろう。

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さらに南に行くと中野通りに出る




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2009年05月19日

中野光座とファミリー中野センター

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JR中野駅を南へ新中野駅方面に行く途中に、
中野光座があります。
かつては映画館だったのですが、今はほとんど使われてなく
廃墟と化している。

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中野光座のお隣はファミリー中野センター。
こちらも中野光座と同じように昔ながらの建物。

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1階は商店は営業しているようだが、
2階のヘルスクラブは営業してないみたい。
昭和30年代を思わせる建物は今もしぶとく残っている。



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2009年05月10日

中野サンモールと中野ブロードウェイ

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中野駅北口を出ると、バスターミナルの向こうに
中野サンモール商店街があります。
中野サンモール商店街は中野ブロードウェイまで続く
アーケード付きの商店街で、
沢山の人で賑わっています。

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全長20メートルのある商店街には、
生活用品から飲食店やドラックストアなど100店舗があり
なんでもある。
中野サンモールは関東大震災後にできた商店街で、
幾度の改装などの取り組みで現在のような形になりました。
サンモールという愛称は1975(昭和50)年の頃からだそうだ。
その努力があったおかげ日中夜問わず賑わい見せている。

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中野サンモール商店街の終りに行くと
中野ブロードウェイが見えてきます。
中野ブロードウェイはショッピングモールと
マンションの複合施設として
1966(昭和41)年に出来ました。
完成当時は高層マンションはまだ珍しく、
なおかつショッピングモールとマンションの複合施設は斬新でした。

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地上10階建ての大きな建物に5階から10階は220戸の居住スペースと
屋上庭園、屋上プール、ゴルフ練習場、
5〜10Fの廊下はオール赤絨毯。5階には来客用ベッドルーム、
住人専用エレベーターなどがあり
まさに高級マンションです。
駅から近く10階建ての高層マンションということもあって人気が高く
ステータスなマンションに住みたいと入居希望者が多かった。
住居者の中で主なところは
作家の青島幸男や沢田研二などの著名人が多く住んでいました。
今でいう六本木ヒルズのような憧れのマンションでした。
完成から40年以上経っていますが、
建物は古いが、利便性と建物の手入れが行き届いているため
賃料も高く、入居希望者は絶えない。

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低層階の商業フロアの1階は普通の商店街ですが、
2階以上はマニアックなお店が並ぶ。
マンガ古本専門店の「まんだらけ」をはじめ、
マニアが欲しくなるような
セル画・フィギュア・玩具・コスプレ・
トレーディングカード等の専門店が並ぶ。
ここはちょっとした秋葉原となっている。
ブロードウェイがこのような現象になったかというと、
大抵のショッピングモールは纏めてテナント管理ですが、
ブロードウェイは一元テナント管理ではなく区分所有管理のため
誰に貸そうと自由のため、纏まりがなくなる。
さらに区分所有でもさらに分割に所有することもでき、
中野という立地でありながら賃料が安いということも拍車をかけ、
資金がない店の経営者にとっては絶好の魅力な物件のため
金はなくとも個性やアイデアで勝負できるため、
ブロードウェイのお店は個性的なお店が並ぶ要因のなかもしれない。

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オープン当時から店を切り盛りするオーナーたちは
マニアックなお店について
疎ましく思っていましたが、
長引く不況中でも来客数は伸びているため
今ではなくてはならない存在になっています。
高級マンションとオタク文化が同居しているのは世界でも
ブロードウェイだけかもしれない。



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2008年03月18日

中野光座

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中野駅から中野通りを南に行くと昭和レトロを感じる建物がある。
中野光座という映画館だそうで、現在は廃館となっている。
2階部分が映画館で1階は中野ショッピングセンターとなっている。
ショッピングセンターと言っても
整然とされていないお店が並んでいる。

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中野光座の看板はしっかりと残っていて、
古きよきの昭和の時代を感じさせる。

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2007年09月18日

THE団地(2) スターハウスがある荻窪団地

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阿佐ヶ谷住宅から西へ10分ほど歩くと
「公団荻窪団地」があります。
荻窪団地も阿佐ヶ谷住宅と同じ1958(昭和33)年の完成で、
こちらは全875戸数はすべて賃貸型です。
荻窪団地の方が典型的な団地のイメージがある。

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完成当時は善福寺川沿い閑静な場所に白亜の団地と呼ばれていました。
現在は老朽化が進み、外壁が黒ずんでいて、かつての面影はない。

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荻窪団地は現在では珍しいスターハウスが3棟ある。
スターハウスは上から見るとYの字型をしていて、
無機質な団地の中でアクセントのような建物でした。
荻窪団地の3棟あるスターハウスは
まるで星のように輝いているかのような存在でした。

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スターハウスは日当たりがよいが、
隣家の窓と斜めに隣接しているため、
プライバシーが守れにくいの欠点もある。
またYの字形状から周囲の住棟との広い空間をとるため、
効率状悪く、おまけに建設コストも高くつく。
そのため昭和40年代以降はスターハウスは建設されておらず、
現在はあまり見かけないレアな住居です。

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スターハウス以外に単身者向けの住棟がある。
巨大の壁のように建つ単身向け住棟は老朽化が激しい。

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阿佐ヶ谷住宅と同様に住人の高齢化が進み、
建物の老朽化と耐震性の問題があり、
年内には取り壊される。

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戦後から高度経済成長へと支えた
阿佐ヶ谷住宅と荻窪団地はひっそりと取り壊し待っている。

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2007年09月16日

THE団地(1)テラスハウスが残る阿佐ヶ谷住宅

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丸ノ内線南阿佐ヶ谷駅から住宅街へ10分ほど歩いた所に
阿佐ヶ谷住宅があります。
一見普通の団地に見えますが、
阿佐ヶ谷住宅は日本住宅公団(現在の都市再生機構)による
初期の団地です。

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世界初のインスタントラーメン(チキンラーメン)発売、
東京タワーが完成した1958(昭和33)年に約4万8000平方メートルに、
3〜4階の中層棟と2階建てのテラスハウスなど
350戸が建設した分譲住宅だ。
公団の主流は賃貸住宅ですが、分譲住宅も建設されました。

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ゆったりと敷地にフェンスなどの仕切りがないオープンな空間で、
モダンなテラスハウスが並んでいる。
団地の主流の中層棟はわずか7棟しかなく、
フラットな屋根と赤いトタンの三角屋根の
二週類のテラスハウスが目立つ。
このうち赤い三角屋根のテラスハウスは
建築家の前川國男の事務所が設計した物件もある。

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テラスハウスは入口のドアを開けると真正面に階段があって、
吹き抜けのような高い天井になっていて、
公団住宅のイメージとはちょっと違う、
モダンな住空間でした。
またこの団地には家にお風呂がついたことだった。
銭湯が当たり前だった時代に家にお風呂があることが
衝撃的だったそうだ。
もちろん占有庭あるのだが、共用の敷地が多くとられていて、
公園の趣のような感じで、
緑の中の住宅のコンセプトの設計だった意図がよくわかる。

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当時としては画期的な住宅で、価格が143万〜183万円したそうだ。
昭和33年当時の大卒初任給が14,367円で、
いかに高価だったことがわかる。
現在のように長期の住宅ローンがなく、個人で買う人は少ない。
企業が部課長級の社宅として購入するケースがほとんどだった。

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まさに憧れの住宅でした。
かつては憧れの住宅でしたが、築50年近く建ち老朽化が激しく
住人の高齢化が進んだこともあり、再開発で取り壊しが決まっている。

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ほとんど住んでおらず、人影もない
ドアや窓付近にベニヤ板で覆われいて、
静かに取り壊しを待っている。
公団の初期の住宅であり稀少な住宅である
阿佐ヶ谷住宅はまもなく姿を消えようとしている。

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2007年07月29日

OIOIは中野から始まった。

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「駅のソバの丸井」でおなじみの丸井
丸井といえば「OIOI」のマークが思い浮かべるが、
丸井に馴染みがない人にはオイオイと読んでしまいそうだ。

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首都圏の主要エリアには必ず丸井はみんな駅のそばに店を構える。
丸井だけでなくマルイシティ、マルイファミリー、in The Room、
FIELDなどブランド店舗を多数ある。
近年では神戸三宮や難波に関西エリアに進出している。
丸井の総本山である本店がどこにあるかご存知でしょうか?
JR線中野駅南口に中野本店があります。

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中野が丸井の発祥の地なのです。
丸井は1931(昭和6)年に家具の月賦店・丸二商店から
創立者青井忠治が暖簾わけで独立したお店が
中野の地でお店を開いたのが始まりです。

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家具だけでなく洋服を取り扱っていたそうです。
丸井といえば月賦払いですが、
江戸時代に伊予(愛媛)の商人たちが考案したものを
丸二商店も月賦払いを取り入れ「丸井の月賦払いなら、
一流百貨店と同じ品を手にすることが出来る」を大々的に宣伝し、
丸井は中野を起点に阿佐ヶ谷と吉祥寺、下北沢と支店を増やし
急成長を遂げます。
丸井はこの時に分割払いができるというイメージを定着していたのだ。
戦後中野にすばやく再開させ起動にのせ、
西荻窪、新宿、池袋、立川と駅のそばに
再び支店を増やしていきました。

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1950(昭和25)年に月賦販売が再開され、現金価格を提示し、
月賦で買う場合はその5%に手数料分だけ高くなるという
当時として画期的な低利な明朗な分割システムを生み出した。
そして1960(昭和35)年に日本で初めてのクレジットカードが
登場します。
現在の磁気カードではなく紙製のカードでした。
当時はオンラインがない時代に個人銀行口座を持つことも少なく、
口座引き落としなんてなかった。
クレジットカードはお客様の信用を示すものでした。
月賦支払日に丸井の社員がお客様一人一人の自宅に集金で払うか
お客様に店舗に行きご持参払いという二つの方法支払っていたという。

やがて高度経済成長で丸井は首都圏を中心に店舗を増やし、
月賦業界ナンバー1に地位を築く。
1973(昭和48)年におなじみのOIOIのロゴを登場させる。
その後時代の流行にあわせ様々な店舗形態や独自ブランドを揃え
DCブランドブームに乗って若者を巧みに取り込んだ。

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今日の丸井があるのは中野からスタートしたのだ。
いわば原点が中野なのだ。
開店してから60年以上が経つ丸井中野本店
1972(昭和47)年にA館・B館の2館体制になった本店も
来月の8月26日に閉店し長い歴史にピリオドを打つ。
本店の跡地は建て替えられ本社の一部や
商業施設が入るビルに変るそうだ。

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丸井の看板が中野から消えてもマルイの遺伝子は
各店に受け継がれるだろう。

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2007年06月14日

メトロなレトロな世界 方南町駅

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池袋から大手町、銀座、赤坂見附を通って新宿、荻窪を
ぐるりと半円を描くように通る東京メトロ丸ノ内線。
丸ノ内線にも支線というものがあります。

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中野坂上から方南町を結ぶ3.2kmと短いローカル路線です。
新宿から荻窪間が荻窪線(1972年に丸ノ内線に名称を統一)開業時に
車庫への回送車両路線を兼ねた支線なのだが、
車庫の最寄り駅は中野富士見町駅で

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方南町駅はただの支線終始発着駅なのだ。
方南町駅近くに某宗教団体が無理やり懇願して
駅が出来た噂もあるが都内でも稀な駅です。

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通常6両編成だが方南町駅のみホームの有効長さの関係で
止まる事ができないため3両編成のワンマン運行となっている。
本線に入ることができないので全て中野坂上どまりなのだ。



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また銀座線・丸ノ内線には手を伸ばせば届きそうな
低い天井が多いのに天井がかなり高い。
非常に珍しい駅だが、自動改札機やホームドアや
サインシステムを除けば開業した頃と変らない。

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微妙な薄暗さがまさにメトロに乗って世界だ。

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