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2009年06月06日

都電のある街・雑司ヶ谷

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鬼子母神や雑司ヶ谷霊園など神社仏閣が多い雑司ヶ谷。
池袋に近く繁華街の池袋とは違い
雑司ヶ谷は閑静な住宅地のような雰囲気を持っています。

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雑司ヶ谷という地名ですが、
南北朝時代のころ雑色職を勤めた武士がここに移住したこと、
また付近の林野が法明寺(鬼子母神)の雑司料にあてられたことが
地名の由来となっている。

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雑司ヶ谷への交通は
今までは都電荒川線か池袋から徒歩のアクセスしか
ありませんでしたが、
去年開通した副都心線で一段とアクセスが良くなった。
池袋に隠れたエリアでしたが、知名度は格段にアップしました。

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副都心線の開通により雑司ヶ谷の道路拡張などの再開発が進んでいる。
古き良き商店街や古い木造民家は未だに残っていて、
アクセスの便が良くなってもいつまでも残ってほしい。



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2009年06月05日

雑司ヶ谷の鬼子母神

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池袋から明治通りを目白方面へ行く途中に
「鬼子母神西参道商店街」が見える。
鬼子母神西参道へ続く商店街を抜けると鬼子母神にたどり着く。

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鬼子母神は正式には法明寺というお寺で、
鬼子母神堂があることで有名です。
1664(寛文4)年に、加賀藩主・前田利常の息女で、
安芸藩主・浅野吉長夫人の寄進によって建立されました。
鬼子母神は子育ての神様で、子授け,子育ての神様として
現在も多くの参詣者が訪れています。

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境内には駄菓子屋があります。
上川口屋という駄菓子屋ですが、
なんと1781(安永10)年から店を開いている。
230年前からあるという駄菓子屋さんですが、
すぐ近くが池袋駅とは思えない静けさと古びたお店が
なんともいえぬ味をだしている。

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鬼子母神入口から都電荒川線の「鬼子母神前」停留所前まで続く
大門通りのケヤキ並木が立派です。
樹齢400年を超す大木を含む並木がトンネルのように生えている。
巨本は4本が残るのみで東京都の天然記念物に指定されています。

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ケヤキ並木とお寺の佇まいと昔ながらの駄菓子屋がある鬼子母神は
下町とは違う雰囲気は何時までも残ってほしいものだ。

鬼子母神(公式HP)
http://www.kishimojin.jp/


鬼子母神
所在地・東京都豊島区雑司ヶ谷3-15-20
電話・03-3982-8347

アクセス
東京メトロ副都心線雑司ヶ谷駅1番出口より徒歩5分
都電荒川線鬼子母神前電停より徒歩3分



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2009年06月03日

ウイロードとビックリガード

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ターミナル駅には東へ西へと行き来することが多く、
連絡通路は付き物。
そんなターミナル駅といえば池袋。
池袋は東口と西口に分かれますが、2つの連絡通路が結びます。
まず北側にある「ウイロード」。
P'Parco付近から東武百貨店北側にある連絡通路で、
西口と東口とを結ぶ重要な連絡通路となっています。

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ウイロードという愛称ですが、
正式には雑司が谷隧道という連絡路です。
1986(昭和61)年に改修され、「ウイロード」と名付けられました。
ちなみに「ウイロード」のウイの意味は
池袋の東(EAST)と西(WEST)を結ぶ「私たち」(WE)という
英語などからきている。

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もう一つの連絡道路は南側にある「びっくりガード」です。
ホテルメトロポリタンと西武池袋駅西武南口にある連絡道路で、
連絡通路というより立体交差のような連絡道路です。
正式名称は鉄道橋が都道池袋架道橋、道路が池袋南交差ですが、
1963(昭和38)年に完成しました。
ところで何故びっくりガードと呼ばれたのでしょうか?
いくつか諸説ある。

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電車通過の轟音に、人が驚いたり、馬が暴れたりした。
立体交差自体が珍しく、驚いた。
一本道と思ったらガード下に交差点があって、
横道からの人車に驚いた。
道幅が狭く、自動車はすれ違いが難しく、
対向車が来ないかおっかなびっくり、来るとドキッとした。
排水が悪く、ガード下が池のようになっていることが多かったから。

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上記の説があり何故そのように呼ばれるようになったかわ不明である。



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2006年07月21日

いけふくろう

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池袋駅のパルコから北口へ通じる北通路の東口よりに
梟に模した「いけふくろう」の石造があります。
池袋駅の待ち合わせとして有名な石造です。
「いけふくろう」は国鉄からJRへ発足した
1987(昭和62)年からあります。

この「いけふくろう」のネーミングはダジャレだそうだ。

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2006年07月11日

池袋駅 西武と東武の謎

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新宿駅に次ぐ世界第2位を誇る巨大ターミナル池袋駅。
JR以外に西武と東武が乗り入れて沢山の人が乗り降りしています。
池袋のデパートの顔といえば西武百貨店東武百貨店
いずれもマンモスデパートですが、
西武は東口、東武は西口と逆なのだ。
いったい何故逆なのでしょうか?

西武は池袋から埼玉県秩父までを東京西部方面に伸びる鉄道ですが、
東武東上線は東上方面ではなく
池袋から埼玉県寄居町まで北西方面に伸びているのは不思議に思う。
実は東京から群馬県渋川を結び、
将来には新潟県長岡まで結ぶ計画で、
東京と上野国の頭文字を取って東上線と命名したのが始まり。
開通当初から東武系ではなくあくまで出資会社の一つでした。
その後東武鉄道と合併し、
寄居以降の計画は挫折し現在に至っています。

西武百貨店と東武百貨店も別のデパートだった。
両デパートは買収によって創業したデパートなのです。

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西武百貨店は1940(昭和15)年に、西武鉄道の前身である
武蔵野鉄道が京浜急行電鉄系の
菊屋デパート(京浜デパート)池袋支店を買収し、
武蔵野食糧を開設が始まり。
木造の平屋のデパートだったそうで、戦災で消失。
戦後、帝都百貨店を吸収し武蔵野デパートと改称。
1949(昭和24)年に西武百貨店となりました。
昭和30年代から昭和50年代まで順次増改築を進め、
関東で初の大型ターミナルデパートとなりました。
箱が大きくなるにつれ
三流デパートだった西武がエルメスやラルフローレンなどの
海外有名ブランドを日本にいち早く取り入れ、
おしゃれなデパートに変貌し今に至っています。

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一方東武百貨店は1962(昭和37)年に開店しているのですが、
旧東横百貨店(現・東急百貨店)池袋店から譲渡され、
売り場拡大され西口のデパートして定着します。
1992(平成4)年に増床し、売り場面積(83,000m2)となり
当時日本最大デパートなりました。
その後松坂屋名古屋本店に抜かれるが、
東日本では最大の百貨店として今も君臨しています。

このように歴史を見てみると、
西武と東武の互いに支えられ池袋が発展してきた事がわかりますね。


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