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2008年02月14日

フジと犬猿の仲?関テレ

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扇町公園の敷地にある青いガラス張りのテレビ局。
カンテーレでおなじみの関西テレビ。
関西のフジテレビ系列のテレビ局でフジと同じチャンネルは8。
フジテレビの8のマークはあまり見かけなくなったが、
関西テレビの8マークは健在。
フジテレビの人気番組とコテコテローカルが人気で
関西では人気のあるテレビ局です。
去年はあるある大辞典で捏造問題で波紋を呼んだ事は記憶に新しい。

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関西テレビの株主のトップはフジテレビではあるが、
阪急阪神グループの一員となっている。
阪急との関連だけあって、阪急カラーの番組のも多いのも特徴で、
昔は阪急ブレーブス(現・オリックスバッファローズ)の中継や
宝塚歌劇の舞台中継、そして阪急沿線を舞台にしたドラマなど
阪急と密接した番組が多い。
また阪神タイガースの優勝の瞬間を2回も伝える幸運を持っている。

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その反面、キー局のフジテレビとの関係はあまりよくない。
老舗局でよく見かける強引な編成で、関西テレビも例外ではない。
いくつか例をあげると、
「HEY!HEY!HEY!」のスペシャル版を放送するのに
関テレは「快傑えみちゃんねる」をいつもどおり放送し、
一時間短縮して放送する編成。上沼恵美子の旦那が
関西テレビの役員の影響かわからないが、
ほとんどの局はスペシャル時には自主編成番組を休止するのに
関テレはいつもどおり放送するのがほとんどだ。
この短縮行為には視聴者からの苦情が多く、
関テレはニーズがあるから一向に休止をしない。
フジテレビの人気深夜番組の放送は消極的で、
伝説の深夜人気番組「オールナイトフジ」を揉めてまで断って、
自社製作の「エンドレスナイト」を放送した事が
影響しているのだろうか。
バラエティ番組だけではなく、ニュース番組も差し替えが多かった。
今ではFNNのお昼や夕方のニュースはどこでもいっしょだが、
関テレはニュース番組のタイトルも頑なに変えなかった。
かつて放送していた夕方のニュース番組「スーパータイム」は
関西では「アタック600」でスーパーニュースになるまで
「アタック」というタイトルは変えなかった。
お昼のニュース番組も今でこそ「FNNスピーク」だが、
3年前まで「KTVワイドニュース」というタイトルで
関テレのみ独自タイトルのままだった。

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このように関西テレビはフジテレビとは
どうも犬猿の仲のように見えるが、意外と密接のようにも見える。
いわばライバル関係のようにお互い持ちつ持たれつの
ような関係なのもかもしれない。

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2008年01月14日

未来都市のABCセンターは移転共に消える

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JR大阪環状線福島駅からなにわ筋を北に行くと
ABCセンター呼ばれる朝日放送があります。
テレビ朝日の関西の系列局で関西の民放局では
毎日放送で次いで古い。ただテレビでは最も歴史があります。

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各画像をクリックすると大きく見れます

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ABCセンターには朝日放送やかつてあった
ホテルプラザや大阪タワーやシンフォニーホールなどがある
複合施設です。
1966(昭和41)年にできた放送施設で、
放送局の敷地内にシティホテルと高さ160mのタワーがあるのは
全国的に珍しい。

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ホテルプラザはかつては大阪の名門ホテルと呼ばれ
ABCの番組で宿泊券の贈呈と放送局ならでは関係もあった。
放送局のホテルは単なる副業の位置づけで
開業以来一度も黒字はなく、1999(平成11)年に廃業した。

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各画像をクリックすると大きく見れます

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大阪タワーの存在があるとは関西以外の人には知られていない。
ABCのテレビやラジオの中継電波を飛ばすために作られた電波塔で
地上102メートルのところに2層の展望台がある。
開業当初は大阪の新名所として人気はあったのですが、
大気汚染やホテルプラザの開業で視界が悪く、
入場者数が激減しました。
観光塔としてはいまいちでしたが、
朝の情報番組「おはよう朝日です」で展望台からの
生放送は馴染みがあると思います。
新梅田シティの開業でさらに落ち込みで展望台は廃止され、
電波塔としての役目は残っている。

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ここで朝日放送の歴史を見てみると。
朝日放送は1951(昭和26)年に関西では
2番目のラジオ局として開局し、
5年後の1956(昭和31)年に新日本放送(現在・毎日放送)と合弁で
大阪テレビが開局します。
開局当初は日本テレビとTBSのクロスネットだったのですが、
やがて読売テレビや関西テレビが開局し、
大阪にまた新たにテレビ局の新局開設という動きになり
大阪テレビをどちらかが継承するか問題となります。

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両社の社長がジャンケンで決めたという話は
ホントかどうかわからないが、
朝日放送が大阪テレビを継承し、
毎日放送はテレビ局を開設するとことで一見落着します。

毎日放送側は納得しませんでした。
大阪テレビのネット局はTBS、すなわち毎日新聞系で、
毎日放送も新聞の系列は同じ毎日系。
大阪テレビの引き受け先の朝日放送は朝日新聞系と
いわゆる東京と大阪のねじれ現象と呼ばれる腸捻転という体制がおき
新聞社資本の不満が残る結果となった。
毎日放送はTBSとのネットを希望したが、断られてしまい、
仕方なくNETテレビ(現在のテレビ朝日)とネットを組んで、
1975(昭和50)年までつづきます。

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各画像をクリックすると大きく見れます

ドラマのTBSと呼ばれる民放局の雄と
ネットでABCは関西の民放テレビ局として不動の地位を築きます。
ところが朝日新聞がNETテレビをキーに
朝日新聞系列のテレビネットワークのために
NETに系列変えをして欲しいと要望されます。
新聞資本が各テレビ局が資本参加している上に
教育局のNETとネットを組むと営業力が弱くなると反対します。
毎日放送や毎日新聞もねじれ現象を解消しようと、
資本関係の整理とNETは一般総合局化や
朝日新聞系列になり、その流れに負けしまいます。
1975(昭50)年3月31日に
(東京)TBS−(大阪)毎日放送、
(東京)NET−(大阪)朝日放送
にネットチェンジをし、現在のネットワーク体制となりました。

TBSの人気番組からNETの番組と変わり、
営業力は負けてしまったが、自社製作番組の拡充を図り
老舗局のブランドで関西の局でシェアを取り戻し、
現在に至っています。

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ABCは古くは「てなもんや三度笠」や「部長刑事」から
「新婚さんいらっしゃい」、「アタック25」、「おはよう朝日」、
「探偵!ナイトスクープ」など数多く
太くて長い名番組を輩出しています。

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そのABCセンターが老朽化のため2008年5月に現在の位置から南に
中之島付近に新局舎に移転する。
数々の名番組を作ってきたABCセンターが移転後に
現局舎や大阪タワーやホテルプラザは取り壊される。
かつてオープニングで登場していた未来都市で描かれていた
ABCセンターが消える。

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未来都市の様な空間は遠い記憶の
片隅に残ってしまうのは残念です。
これも時代の流れなのでしょうか。


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2007年10月22日

ナゴヤへGO!VOL.12 名古屋のテレビ局は中日系OR非中日系 

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名古屋のメディアと言えば全国紙よりも
中日新聞が圧倒的なシェアを誇る。
在名のテレビも東京と大阪と微妙に違う。
東京と大阪のテレビ局はどこどこの新聞系かはっきりしている。

東京
日本テレビ=読売、TBS=毎日、フジテレビ=産経、
テレビ朝日=朝日、テレビ東京=日経

大阪
毎日放送=毎日、朝日放送=朝日、関西テレビ=産経、
よみうりテレビ=読売、テレビ大阪=日経

ごらんの通りどこ系のテレビ局かはっきりしている。
特に大阪は新聞社名がそのまま使われているくらいわかりやすい。

名古屋は全国紙よりも中日新聞が強いため、
中日系か非中日系にわかれる。

そんな名古屋のテレビ局の横顔を
地上デジタルチャンネル順に見てみよう。

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1ch・東海テレビ(THK)1チャンネルのマークでおなじみの東海テレビ。
中日新聞系ということもありドラゴンズ戦や
フジテレビの人気番組を武器に人気のあるテレビ局です。
東海テレビはなんといっても昼ドラマには強く
「真珠夫人」や「牡丹と薔薇」や「冬の輪舞」などの
愛憎ドロドロ劇モノにはこの局の特色でしょう。

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4ch・中京テレビ(CTV)
東海地区の初のUHFテレビ局で在名局の中では
テレビ愛知に次いで新しいが38年目を迎える(1969・昭和44年開局)
中京テレビは非中日系のテレビ局で読売系でもない。
開局当初はメーテレが日テレとNET(テレ朝)のクロスネットを
続けていたため日テレとNETの不人気番組を分配してもらうという
変則的なネットでかなり苦戦をしていました。
苦戦を克服するため東京12チャンネル(テレ東)とのネットを
テレビ愛知が開局するまでネットを組みます。
ネット問題のゴタゴタで
ようやく1973(昭和48)年に日テレ系列となり、
現在の形となります。
苦境を乗り越えてお笑いマンガ道場など人気番組を輩出し、
名古屋の老舗局と肩を並べるほど人気局となっています。

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5ch・中部日本放送(CBC)
日本初の民間放送局でラジオとテレビの兼営局で、
文字通り中日系のテレビ局です。
中日系と密接でドラゴンズ戦と自社製作番組が多い。
かつて放送していた天才クイズや現在放送中のスジナシから
キューピー3分クッキングの製作局でもある。
またTBSと並び老舗局ということもあり、
強引な編成も目立つ。

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6ch・メーテレ(NBN)
メーテレの愛称で親しまれる名古屋テレビ
名古屋地区で3番目に開局した非中日系のテレビ局で
開局当初は日テレとNETのクロスネット局でした。
中京テレビが開局してもどちらかも譲らず
いいとこどりを続けるのも無理があり、
1973(昭和48)年にNETの一本化になった。
どうも名古屋では地味な局で、
ドラゴンズ戦は当然放送できず、
一匹狼なところがある。
だが「機動戦士ガンダム」シリーズなどの
アニメには定評があります。

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10ch・テレビ愛知(TVA)
名古屋のテレビ局で一番新しいテレビ局。
テレビ東京系なので日経系なのだが、
中日系の出資もあり中日系のテレビ局でもあります。
愛知県域のテレビ局だがその周辺も試聴しているところもあり、
テレ東の姉妹局として地域密着のテレビ局として
親しまれています。

どの局もカラーや特色があり
キー局に無い個性的なテレビ局が多いのも
名古屋のテレビ局の特徴です。

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2007年07月28日

ドリフ大爆笑のオープニング 謎にせまる

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放送から30周年を迎えたドリフ大爆笑。
数々の笑い生み出してきたドリフの笑い真骨頂な番組でしたが、
今回はおなじみのオープニングにスポットを当てて見たいと思います。

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ドリフの5人がスクールメイツのダンスをバックに
「♪ド・ド・ドリフの大爆笑 チャンネルまわせば顔なじみ
 笑ってちょうだい今日もまた 誰にも遠慮はいりません」と
歌うのだが何故かずーと若いドリフのままの映像をいつまで
流し続けているのだろうかと疑問に思った方は多数いると思います。
このおなじみの映像は1983(昭和58)年に収録されたもので、
20年間流し続けてきたというわけだ。

なぜ新たに収録されずにずーと使い付けてきたのでしょうか
番組スタートした1977年から語らなくてはその謎は解けません。

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1977(昭和52)年

ドリフ大爆笑は1977(昭和52)年2月に
火曜ワイドスペシャル枠でスタートします。
初期のオープニングは「♪ド・ド・ドリフの大爆笑」ではなく
全く違う曲でした。
「♪夜だ8時だ ドリフの時間 これを見なければ 話にならぬ
じいちゃん ばあちゃん ねえちゃん 赤ちゃん
笑いの事ならお任せください ドリフのドリフの大爆笑」
戦前にあった軍歌「月月火水木金金」を元にした替え歌だったのです。

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この年のオープニングはタクシードから
「ドリフ大爆笑’77」の法被と着物、そしてスーツと
実に手の込んだオープニングだったのです。
ドリフのメンバーがはつらつとしていて、
浮かない顔している1983年の映像は全然違うことが見受けられます。

「♪夜だ8時だ ドリフの時間」のオープニングは1977年のみで、
翌年から「♪ド・ド・ドリフの大爆笑」のバージョンになった。
「♪ド・ド・ドリフの大爆笑」も
「トントントンカラリンと隣組」という戦前の流行歌を
替え歌にした曲なんです。
元歌よりもドリフの大爆笑のテーマ曲が有名になったのだから
戦争を知らない世代には戦前の流行歌だと知られていません。

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1978(昭和53)年

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1979(昭和54)年

1978年以降毎年、曲のアレンジやセットを変えながら
基本パターンは変らなかった。
1983年以降新たに撮りなおしなくなったのは、
いかりやが毎年撮りなおすのが面倒だったのと、
メンバーが揃いにくくなったのが原因と考えられる。
あるいはメンバーとの確執など噂もあるが、
ホントのところはわからない。

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1980(昭和55)年

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1981(昭和56)年

20年間使い続けてきたオープニングとエンディングは
2003年12月放送の「40年だよ!ドリフ大爆笑」で一新された。
いかりやの希望でオープニングとエンディングが
撮りなおされたのだが、
いかりやの体調が優れず、声もあまり出ない中で
収録に望んだそうです。
奇しくもこの収録がいかりや長介の生涯最後の、
そしてドリフ5人全員が揃った最後のテレビ出演となってしまった。

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映像の中では5人のドリフは見れるが、
新作コントはみることが出来ない。
あのオープニング映像はこれからも使い続けるだろう。


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2007年02月11日

「NTV紅白歌のベストテン」から「トップテン」シリーズ

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今回は日本テレビの歌番組の代表番組だった
「NTV紅白歌のベストテン」から「歌のトップテン」まで
とりあげて見たいと思います。
NTV紅白歌のベストテンは「NHK紅白歌合戦」を
毎週お茶の間にという発想から誕生した番組で
1969(昭和44)年から毎週月曜8時にスタートした。
本家の紅白同様に紅組、白組に分かれて対決を
渋谷公会堂から毎週公開生放送を異色の番組でした。
司会者は白組、紅組それぞれのキャプテンを務めた。
白組のキャプテンは堺正章、
赤組キャプテンは水前寺清子、今陽子、岡崎友紀などが務めた。
進行役には徳光和夫アナ、実況中継に福留功男アナ、
小林完吾アナが「ウソ発見器」ナレーターを
それぞれ担当していた。

紅白歌のベストテンも本家の紅白同様に、
紅白両軍の応援合戦もあり、
出演歌手が忙しい合間をぬって練習したこともあったそうです。
番組の最後で発表される得点発表は
系列局ごとに行われ、支持する系列局が多いチームが
優勝となる。

既に同じ月曜日夜10時にフジの「夜のヒットスタジオ」があり
大物歌手たちが夜ヒットに出演を優先させることが多かった。
また当時最大手の渡辺プロダクションが
NETテレビ(現・テレビ朝日)とタッグを組み
番組をぶつけてきたことで、
ナベプロ所属歌手を出演させないという
クーデターを起こした事件などで、
日テレ歌番組の看板番組に成長するが、
出演歌手に確保に苦労していた。

1981(昭和56)年に紅白歌のベストテンは終了し、
公開生放送ランキング番組「ザ・トップテン」に
リニューアルした。
司会は前番組の引き続き堺正章と榊原郁恵が担当し、
TBSの「ザ・ベストテン」を意識したような番組で、
渋谷公会堂から生放送を行っていました。
トップテンならではの会場に観に来ている
修学旅行の中学生や、高校生たちの姿が
よく紹介されるの定番でした。

そして1986(昭和61)年に「ザ・トップテン」が
「歌のトップテン」とリニューアルした。
番組を長年司会を務めてきた堺正章と榊原郁恵が番組を卒業し、
徳光和夫・石野真子へとバトンタッチした。
その後和田アキ子・島田紳助へと司会を引き継いだ。
長年のマンネリとジャンルの多様化などで、
視聴率は低迷します。
様々な理由で民放各局のゴールデンタイムの
歌番組の相次ぐ撤退で、
トップテンシリーズもついに1990(平成2)年に
21年間の歴史に幕を閉じた。

歌謡界全盛時代を支えてきた忘れられない
語り継がれる歌番組でしょう。

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2007年01月06日

「東京ラブストーリー」

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今回はフジの「月9」ドラマの中で語る上ではずせない
「東京ラブストーリー」をとりあげて見たいと思います。
1991(平成3)年1月から3月まで柴門ふみの漫画作品を
鈴木保奈美、織田裕二が主演した恋愛ドラマ。

四国から上京してきたばかりのサラリーマン
永尾完治(織田裕二)はハートスポーツの営業部に就職し、
同じ社内の事業部に勤めるOL赤名リカ(鈴木保奈美)と
何となく気があっていた。
完治の高校の同窓会が開かれた。
10人ほどで鍋をつついていると、関口さとみ(有森也実)がやってきた。
完治には思い出のある人だ。
会の終わりごろに三上健一(江口洋介)が現れるが、
なんとリカを連れてやってきて。
来る途中にひっかけてきたと言う。
アメリカ育ちのリカは自由気ままに生きる姿に惹かれ
この同窓会をきっかけに完治とさとみは急接近し、
ふたりはデートをすることになる。
やがてその恋は思わぬ方向に向かう。

完治を「カンチ!」と呼びかけるリカが印象に残りますが、
なんと言ってもリカが完治に言った「ねえ、SEXしよう」は
あまりにも有名なセリフですね。
今ではなんら違和感がないが、
当時としてはストレートな言い回しには
衝撃的に伝わったドラマでしたね。
様々な話題性で月曜日の夜に街から女性が消えたといわれるほど
社会現象になった忘れられない名ドラマでした。




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2007年01月03日

お騒がせに終わった紅白を振り返る

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お正月はいかがお過ごしですか?
2007年が始まりもう3日と早いですね。
去年の紅白歌合戦はご覧なりましたか?感想を書こうと思います。
57回目の紅白はインパクトがない陣容で一昨年を越えられるかどうか
視聴率が注目していたのですが、大幅に下落しましたね。

関東は前半30.6%(前回35.4%)、後半39.8%(同42.9%)
関西は前半28.5%(前回32.0%)、後半37.6%(同39.4%)
名古屋は前半37.7%(前回40.2%)、後半44.4%(同51.3%)

ほとんどの地域では40%を下回っていて、
ワースト2位という結果になりました。
地上波のみのカウントなので、数字だけで判断するの難しいが
内容は悪くはないが、全体的に目新しさがなく、
マンネリ気味の紅白の結果が数字に表れたのかなと思う。
でもそれなりに話題はありましたね。

まずは細川たかしが歌った「浪花節だよ人生は」の歌詞間違い。
1984(昭和59)年の時も歌詞間違いして、今回も歌詞間違いをして
紅白で同じ曲で2回も間違えるのも珍しいですよね。

歌詞間違いよりも何と言ってもDJ OZMAの
バックダンサー乳露出事件でしょうね。
開チン騒動も吹っ飛ぶ、あの紅白で露出したことで
大騒ぎになりましたね。
一瞬全裸のように見えるが、
ボディースーツだっということでギリギリセーフの演出。
目を疑わなければおっぱいポロリに見えるのも無理も無い。
公共放送のNHKだけあって、良識派からの抗議は当然来るわけで、
いつの時代もお堅いNHKは変わらないですね。

過去にサザンが三波春夫を意識した格好で登場して、
良識派から「ふざけている」と抗議を受けて
物議をかもし出している過去もあるので、
今後に影響でなきゃいいのですが。。。。。

ロイター通信などで世界に伝わり、
話題作りでは一番じゃないでしょうか?
NHKにしてみれば露出事件にスタッフの一人が急死と、
ふんだりけったりでしょうね。
亡くなられた方にはご冥福をお祈り申し上げます。
去年のNHKを象徴させる、
お騒がせに終わった57回目の紅白でした。

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2006年12月06日

「ザ・ガードマン」

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今回はハードアクションドラマの草分け的存在だった
「ザ・ガードマン」をとりあげて見たいと思います。
このドラマは1965(昭和40)年から1971(昭和46)年まで7年間
TBSテレビ系で放送されました。
当時はまだ発展途上だった警備保障会社を舞台に
犯罪や事件から市民を守るガードマン(警備員)の活躍を
描いたドラマでした。
日本警備保障(現・セコム)がモデルで、
和製英語の「ガードマン」を世間に広めたことでも有名です。

犯罪や事件から市民を守る東京パトロール社。
敏腕な高倉隊長(宇津井健)を中心に、
吉田隊員(稲葉義男)、清水隊員(藤巻潤)、2枚目半の荒木隊員(川津祐介)、
若さでぶつかる杉井隊員(倉石功)、老年の小森隊員(中条静夫)、
榊隊員(神山繁)とツワモノぞろい。
大都会東京での悪や犯罪を阻止をし、
ガードマンたちが安全な社会を目指し奮闘する。

「ザ・ガードマン」はなんと言っても
大規模な異例なロケが多いのも特徴でした。
羽田空港や高速道路の追跡やヘリコプターからの撮影。
アムステダム、パリ、スイスなどのヨーロッパロケや
日本縦断ロケなどを敢行しているのもすごい。
かなりの破格なハードアクションドラマだったこともあって
年間視聴率40%を記録している。
いかに人気のドラマだったことも頷けます。


CSのTBSチャンネルファミリー劇場にて再放送中です。



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2006年11月21日

「特捜最前線」

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今回は刑事ドラマの代表格の一つであった
「特捜最前線」をとりあげて見たいと思います。
このドラマは1977(昭和52)年から1987(昭和62)年まで
10年間にわたってテレビ朝日系で放送してました。
警視庁特命捜査課という架空の舞台に、
二谷英明演ずる神代警視正の元で刑事たちが現実に悩みながらも、
様々な事件を解決していく姿を描いた社会派ドラマでした。
同じ時期放映していた若手刑事の成長や刑事たちのドラマでもった
「太陽にほえろ!」と比べ、「特捜最前線」は何か陰を
一人一人もっているような刑事。そして刑事たちの葛藤など
当時の社会背景を忠実に描いているため
何か社会に問うようなシリアスな刑事ドラマでした。

放送終了後も根強い人気があり、何度か再放送しています。
現在CSのファミリー劇場で再放送が行われています。



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2006年10月12日

「レッツゴーヤング」

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今回はNHKで放送していた「レッツゴーヤング」を
とりあげてみたいと思います。
NHKホールを舞台に人気アイドル歌手が出演する若者向けの歌番組で、
1974(昭和49)年から1986(昭和61)年まで放送していました。
番組初期は司会に鈴木ヒロミツ団しん也で、
当時の人気アイドルだったフォーリーブス
レギュラー出演してました。
アイドル歌手が多数登場と人気上昇で
しだいに人気番組へと成長していきます。
1977年頃になると番組オリジナルグループ「サンデーズ」が登場。
歌って踊れる新人の育成が目的に結成したもので、
デビューしたての狩人太川陽介が参加。
後に田原俊彦松田聖子、演歌歌手の長山洋子
俳優の保坂尚輝も参加しました。

80年代になると
たのきんトリオ、松田聖子、河合奈保子中森明菜などの登場で
アイドル黄金時代でアイドル番組としてなくてはならないほどの
人気番組でした。

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2006年09月30日

NNNきょうの出来事が52年の歴史に幕を閉じる

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夜の最終版ニュース番組で代表的な番組だった「きょうの出来事」が
9月29日をもって52年間の幕を閉じた。
日本テレビが開局した1953(昭和28)年の翌年
1954(昭和29)年10月からスタートしました。
番組開始当初は21時台の10分間の番組で、
キャスター顔出しはなくフィルムによるニュースでした。
経済高度成長期と生活習慣の夜型進み23時台に以降し、
最終版のニュース番組の草分け的存在でした。

きょうの出来事を語るうえで二人のキャスターを忘れてはなりません。
その一人が小林完吾元日本テレビアナウンサーでしょう。
真面目の性格としぶい雰囲気のアナで、
独特の低音で「あ、さてー」の名調子で語る姿は
きょうの出来事の代表するキャスターでした。
もう一人は櫻井よしこキャスターです。
櫻井さんも女性キャスターの草分け的存在で
落ち着いた語り口が印象に残るキャスターでした。

戦後間もない頃から高度経済成長期、そして昭和から平成。
バブル期、21世紀と沢山の出来事を伝えてきたニュース番組が
52年の長い歴史に終止符をうった。
今後のニュース番組に語り継がれる番組になるでしょう。


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2006年09月24日

「電車男デラックス -最後の聖戦-」

昨日は1年ぶりに「電車男」がスペシャルとして帰って来ましたね。
今回のスペシャルは大げさなくらいコメディー調で、
つっ込みどころもありますが、面白かったですね。
相変わらずオタクの電車男(伊藤淳史)と
エルメス(伊東美咲)は変わりませんね。
ネットの住人たちがカップル連れが多くなっていたなぁー。
白石美帆ちゃんの陣釜さんは健在ですなぁー。
電車男を苛めてるけど、心配していて、意外と優しいとこがいいね。
陣釜さんにまた見れたのが嬉しかった。
意外性の女って好きかも。。。。

ニセ剛司といい、電車男のミュージアムは強引というか
遊び心の演出ですね。
最後に最後に客が背を向けるシーンはちと感動したけど、
パロディーを見ているような感じがしました。

でもなんか物足りないなぁー。
次回作は電車男とエルメスの結婚ですかね。



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2006年09月12日

「演歌の花道」

20060912h.jpg
特に中高年に人気があった「演歌の花道」を
今回とりあげてみたいと思います。
演歌の花道は1978(昭和53)年から2000(平成12)年まで
テレビ東京(番組開始当初は東京12チャンネル)で放送してました。

番組のタイトル通り演歌専門の音楽番組で
毎回3〜4人程度の演歌歌手が出演し
季節ネタや観光地、作曲・作詞家などの一つをテーマにあった曲を
ドラマ風に語りと共に熱唱し、
番組の終盤で二人の歌手が新曲を披露して終わるというのが
この番組のスタイルでした。

演歌の花道といえば来宮良子さんの独特なナレーションでしょう。

浮世舞台の花道は 表もあれば裏もある
花と咲く実に歌あれば 咲かぬ花にも歌ひとつ
(毎週違うナレーションが流れて、最後に)なぜか身に染む心唄


このセリフはあまりにも有名です。
来宮良子さんの語りが演歌にぴったりにはまっていて、
演歌の花道といえば来宮良子さんの語りというくらい
なくてはならない存在でした。

テレ東は他局よりも懐メロや演歌はお得意の分野で、
演歌といえばテレ東というくらい確固たる地位を築き、
現在でも中高年を中心に根強い人気や安定感があります。
年末や夏に放送される「にっぽんの歌」と
「昭和歌謡大全集」の懐メロ番組や
演歌の育成を目的としている「日本作詩大賞」や
「演歌の花道」の演歌番組とコアのファンを持っているのが強み。

そのイメージを定着させたのが「演歌の花道」が
最大の存在だったことは言うまでもない。




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2006年08月18日

「クイズダービー」

20060818a.gif
今回は「クイズダービー」をとりあげてみたいと思います。
ロート製薬提供で御馴染み大橋巨泉司会の
誰がクイズに正解するかをあてるクイズ&賭け番組です。
1976(昭和51)年から1992(平成4)年までTBS系で放送していました。
元々は1968(昭和43)年から1975(昭和50)年に、大橋巨泉の司会で、
ロート製薬一社提供の「お笑い頭の体操」が放送していたものを
大橋巨泉自らがカナダで放送していたクイズ番組をヒントに企画し、
リニューアルという形でスタートした番組です。

オープニングは大橋巨泉の顔がアップで映り
「巨泉のクイズダービー!!」とのかけ声の後、
競馬のゲートが開く音と共に音楽が流れて番組がスタートする。

番組初期の頃は解答者が6人で、
ゲストオッズマン、レギュラーオッズマンの藤村俊二
司会者の大橋巨泉らがオッズ決めていて、
賭けチームが4組という陣容でした。
視聴者にはイマイチ反応が良くなく
視聴率の4パーセントと低迷してました。
解答者を5人に司会者自ら独断のオッズを決めるなど改良を進め
巨泉と人気解答者とのトークが受け視聴率が好転し
人気番組と発展していきました。

基本的なルールは
問題は全部で8問で、そのうち1・3・5・8問目は一般問題、
2・4・7問目は三択問題、6問目は作詞(歌詞)問題というのが
大体のながれです。

賭けチームは3組で、持ち点は3000点からスタート。
賭けた解答者が正解すると
賭け点と解答者の倍率をかけた得点が与えられ、
不正解だと賭け点分のみマイナスとなる。
全員不正解の場合は点数の増減はなく、
賭け点はすべてお返しすることになっている。

最終問題に関係なく持ち点が10万点に達した場合や
または0点になって失格となった場合、そのチームはゲーム終了となる。
これは製薬会社団体の取り決めと公正取引委員会の命令により
10万点までという決まりがあるため。
もし10万点超えた場合は超えた分だけカンガルー募金に寄付する。

大まかなルールはこんな感じですね。

クイズダービーの人気の秘密は解答者と名ゼリフでしょう。

問題出題後に倍率を表示するときに「倍率ドン!」、
また最終問題は2倍になるので「倍率ドン!さらに倍!!」と
まさに決まりセリフ。

賭けチームが「○○さんに○○点」や「○○さんに全部」と
発するのもお決まりゼリフですね。

巨泉が解答合わせすると時に
「せーのぉ、ドン!」や
「一人を除いて、みーんな同じ答え」や
「○○さん以外は全部正解」、
「○○さんが出来なければ(賭け金は)お返しします」
「ここにくれば○倍だった」、
「(エンディングで)○○さんに賭ければ10万円だったのに」
どれも伝説の言葉ですね。

名物解答者は
1枠は篠沢教授ですね。
成績が悪い(2勝以下)時は「上品で良いですね〜」とニッコリで、
成績が良い(3・4勝以上)ほど「下品でダメですな〜」等と嘆いてましたね。
たまに作詞と正解すると「作詞の明主(めいしゅ)」と呼ばれたりしてたし、不正解で意味不明な解答したりと個性のある解答者でしたね。

篠沢教授の後はビートたけしの兄北野大教授でしたね。

2枠はなんと言っても恐怖の7000兆ドル井森美雪の珍解答ですね。
理解不能な解答が多く面白かったですね。

3枠は宇宙人と言われたはらたいらですね。
いつも正解するので「前に答えを聞いている」
「問題ははらたいらが作った」と疑ってしまうほど博学ぶりですね。
困ったときははら頼みということで「はらたいらさんに3000点」と
テレビの前でつい言った方もいるんじゃないでしょうか。

4枠は三択の女王竹下景子ですね。
この方も三択問題に滅法強かったですね。

1990年にセミリタイヤで降板して
徳光和夫に交代し時から見なくなりましたが、土曜の夜は定番でしたね。

「日本昔ばなし」、「クイズダービー」、
「8時だョ!全員集合」、「Gメン’75」と
不動というか強力ラインナップですよね。

あの日にまた帰ってじっくり見てみたいですね。

「クイズダービー」はTBSチャンネル(CS)にて放送中です。
http://www.tbs.co.jp/tbs-ch/lineup/v0069.html


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2006年08月05日

「男はつらいよ」

20060805a.jpg
渥美清さんが亡くなって丁度10年という節目ということで、
彼の代表作「男はつらいよ」を取り上げてみたいと思います。
1969(昭和44)年から1995(平成7)年まで48作作られた
国民的映画シリーズです。

金字塔の映画作品ですが、
最初映画からではなくテレビドラマからスタートした作品でした。
1968(昭和43)年10月から1969(昭和44)年まで
フジテレビで半年間放送で、
山田洋次監督は脚本で関わってました。
当初は「愚兄賢妹」というタイトル名をつける予定だった。
フジテレビの都合でタイトル変更することになり、
企画・演出の小林俊一が「男はつらいよ」と命名となった。
主役はもちろん渥美清なのだが、映画のキャストと多少異なる。
さくらは長山藍子、おいちゃんが森川信、おばちゃんが杉山とく子、
自称・寅の実弟。タネ違いの弟に佐藤蛾次郎
マドンナに坪内冬子に佐藤オリエなどが出演。
博やタコ社長や御前様はドラマでは出てこない。

ドラマなので一つの区切りを付けようと、
最終回で寅次郎はハブに噛まれて死んでしまう
結末で終わらせてしまった。
この結末に視聴者から「なぜ寅を殺すんだ!」と
フジテレビへ抗議の電話が殺到。
この抗議を知った山田洋次はスクリーンに
寅を生き返らせば納得するのではないかと思い映画化を決意。

ところが映画化されるまで紆余曲折があった。
テレビドラマから生まれた「男はつらいよ」を映画化することに
松竹は大反対。
当時の映画会社はテレビに飲み込まれてしまうという危機感から
敵対心を持っていた。そのことから当然反対だった。
山田洋次の熱心の説得により映画化が実現しました。
「男はつらいよ」が映画化によって大ヒットし、
国民的映画シリーズとなっことは今更説明する必要がない。

余談なのですが、
テレビドラマ版の映像は第1回と最終回のテープしか残っていない。
当時はVTRが高価の上に取り扱いが難しいのと
保存する概念が無かったという理由で全編を見ることは不可能です。



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2006年08月01日

「新日本紀行」

20060801a.jpg 
今回はNHKで放送されいた
ドキュメンタリー番組「新日本紀行」を取り上げてみたいと思います。
1963(昭和38)年から1982(昭和57)年まで18年半続き、
約800回放送されました。
高度経済成長期で変わりつつある日本だが、
まだ各地には変わらない風土や営々とした人々の営みがある。
そこにスポットをあてた映像ドキュメント番組の内容でした。
テーマ曲は冨田勲の作曲。
また最終回までVTR使用せずフィルムで録画及び放送でした。

本格的な紀行番組は初めてで、
それぞれの独特の土地のにおいと息遣いが垣間見られる貴重な番組でした。
今日でも再放送やNHKアーカイブス
放送ライブラリーで見ることは可能です。

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2006年07月14日

探偵!ナイトスクープ Vol.3&4 BOX

20060713b.jpg
先月発売された「探偵!ナイトスクープ」DVDが第2弾が
フライングゲットしてきました。
前回はすぐには手に入れなかったので、
今度の山野楽器本店でしっかりと予約で
発売日より早く買う事ができました。

20060713c.jpg

今回の「探偵!ナイトスクープ Vol.3&4 BOX」は前回よりも強力な内容。
VOL.3は初代上岡龍太郎局長時代のエピソード集。
第一回放送の「カーネル・サンダースを救出せよ!」を筆頭に、
「淡路島のパラダイス」、「キョーレツな寝言おやじ」、
「能勢の昔の恋愛」など爆笑間違いなし内容盛りだくさんです。

VOL.4は爆笑小ネタ集33連発!!。
番組の名物である小ネタが沢山入ったDVDです。
バカバカしさが詰まった内容です。

20060713d.jpg

まだ買ったばかりなのでさすがに全部は見てませんが、
前回のDVDより上回る内容盛りだくさんですね。
個人的には「能勢の昔の恋愛」ですかね。
このばあちゃんが強烈なキャラクターでしたよね。
間探偵がたじたじで、
犬に「泣くなうるさい!」と怒って、
すごすごと犬小屋に入ってしまうほど、爆笑しましたね。


エピソード収録
VOL.3
1.カーネル・サンダースを救出せよ!
2.淡路島のパラダイス
3.浪花のモーツアルト
4.キョーレツな寝言おやじ
5.日本一周旅行中の息子
6.人気者の犬のさっちゃん
7.能勢の昔の恋愛
8.大和川ボート通勤

VOL.4
1.目と目の間の広い人は視野も広い?
2.ノックさんはどれ?
3.目をあけたままクシャミは出来るか?
4.恐いモノに追われると速く走れる?
5.車の窓からオッパイが揉める?
6.一番痛いのはどれでしょう?
7.死海に行ってプカプカ浮きたい
8.清荒神の骨董店
9.高い饅頭は年寄りの体に悪い?
10.お好み焼屋の自動ドアを開けるドミノピザ!!
11.寛平探偵の肛門呼吸
12.謎の遊び道具?
13.頭に一升ビンを乗せて踊る!
14.ガスもれ警報機はオナラで反応する?
15.電気うなぎで電気風呂
16.10年経った牛乳はチーズになるか?
17.カメ取り機
18.ネガの顔
19.関西弁のフィンランド人名
20.坂田利夫さんが化粧をしたらモモコさんにソックリですか?
21.パラパラを踊るカメ
22.いい加減な時計
23.「松村」の秘密を発見!
24.日本一長いレーンでボーリングがしたい!
25.世界レベルの超高速回転指まわし!
26.着物は活動的?
27.イルカは人を助けるか?
28.山形県の人はいつも「・・・でした」と言うか?
29.ハエは飛ばし続けると1時間で落ちてしまうか?
30.桂小枝とザトウクジラの声は似ているのか?
31.「ありがとうございやした」任侠 自動精算機
32.恐怖のすべり台
33.納豆+ビール=?????



探偵!ナイトスクープ DVD VOL.1&2 BOX(2006年6月11日記事)
http://nanashi-nakaji.seesaa.net/article/19855961.html 


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2006年07月13日

愛していると言ってくれ

20060712a.jpg 
今回は1995(平成7)年にTBS系で放送された
「愛していると言ってくれ」を取り上げてみたいと思います。
耳が聞こえない画家と女優の卵が障害を
乗り越えながら愛を深める純愛ドラマ。
主演は豊川悦司常盤貴子

偶然とある通りで出会った二人が、それぞれの夢を持っていた。
晃次(豊川悦司)は青年画家で幼い時に耳が聞えなくなり、
絵で唯一の表現の手段としていた。
紘子(常盤貴子)はアルバイトをしながら
劇団で演技の練習をする女優の卵。
それぞれ表現の手段は違えども、
純粋に夢に向かって頑張っていて互いに惹かれあう。
だがさまざまな障害を乗り越えなくては
ならいことが二人に待っていた。

障害を悲観的に扱うのではなく前向きに、
そして二人の日常的な交流を描き、
それまでのドラマのイメージを大きく変えたドラマでした。
大きき変えた要因は豊川悦司と常盤貴子の直向な
ピュアな演技が評価を得たのも大きい。
このドラマの影響でい女性を中心に手話を習う人が
増えるなどの社会的影響もありました。
ドラマの主題歌DREAMS COME TRUEの「LOVE LOVE LOVE」も大ヒットし、
ドラマと歌も1995年を代表するドラマといっても言うまでもない。




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2006年07月05日

「シャボン玉ホリデー」

20060705a.jpg
今回は伝説のバラエティー番組「シャボン玉ホリデー」を
取り上げてみたいと思います。
1961(昭和36)年から1972(昭和47)年まで
日本テレビ系で日曜の夕方6時半に放送してました。
当時売り出し中の双子の女性デュオ・ザ・ピーナッツを主役にし、
レギュラーのハナ肇とクレージーキャッツとゲスト歌手による
コントや歌ありの音楽バラエティーでした。
番組をはじめるにあたってザ・ピーナッツの冠番組として
「ピーナッツホリデー」という題名だったのですが、
提供スポンサーがなかなか見つかりませんでした。
最終的に牛乳石鹸がスポンサーの条件として
”シャボン玉”を入れた題名にするようにと要望。
結局「シャボン玉ホリデー」に改題し、
その代償としてサブタイトル最後に「ピーナッツ!」と
入れることになったという。

番組が始まりふたを開けてみると、
クレージーキャッツの方も人に火がつき、
数々のギャグやフレーズを生み出しました。
その中でも植木等の「お呼びでない…これまた失礼致しました」は
ある偶然が生んだエピソードご存知ですか?
当時付き人をしていた小松政夫がショートコントの最中に
出番を勘違いしてしまい、
出番前なのに「出番です」と植木に言ってしまい。
つい植木も出てしまう。
当然当然の植木の登場に出演者たちは唖然として、
その瞬間、植木は機転を利かせて
「お呼びでない・・・こりゃまた失礼致しました」とアドリブを利かせ、
大爆笑となり以後毎回のようにお決まりのギャグとして定着したいう。
小松のはやとちりがなかったら
「お呼びでない」生まれなかったかもしれませんね。

VTRが高価で全て生放送という時代による偶然のハプニングと
音楽とコントがザ・ピーナッツとクレージーキャッツの魅力を
引き出した番組なんでしょうね。
エンディングの「スターダスト」が印象に残っている人が多いじゃないでしょうか


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